横綱稀勢の里が16日、都内で引退会見を開き、「私の…土俵人生において、一片の悔いもございません」と涙をにじませ、引退決意の思いを語った。この「一片の悔いもない」という言葉は、大人気漫画「北斗の拳」のキャラクター・ラオウの名セリフ「我が生涯に一片の悔いなし」をファンに彷彿させたようで、ネットでも即話題となった。

稀勢の里は実際に「ラオウ」の化粧まわしをつけたこともあった。17年の夏場所で長兄・ラオウを稀勢の里が、次兄・トキの化粧まわしを松鳳山、末弟で主人公・ケンシロウを太刀持ちの高安が着用し、話題を呼んだ。稀勢の里は当時、この化粧まわしを贈呈した社のHPで「自分の性格的にはラオウ。孤独で強い。先代の鳴戸親方からも『孤独にならないと強くなれない』と言われていました」と、ラオウを選んだ理由を語り、ラオウの生き方と自分を重ねるコメントをつづっていた。

そんな稀勢の里が、引退会見で「一片の悔いも残っていません」とコメントしたことにネットはすぐさま反応。「ラオウのセリフかよ」「巨星墜つ!ラオウと同じ言葉で」「さすがラオウ」「ラオウできたか」「ラオウ稀勢の里」と、稀勢の里とラオウの言葉を重ねるコメントが続々と上がっていた。

「我が生涯に一片の悔いなし」のセリフは、弟のケンシロウに屈したラオウが、絶命寸前に仁王立ちで発する最後の言葉。北斗の拳ファンの間ではあまりにも有名。

引用元:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190116-00000084-dal-spo




Twitterの反応







ネットの反応

大学相撲の猛者から上がったような強豪力士が600人もいる中で横綱にまでなれるのは数人。それはまぐれや運ではなれない。去り際としては寂しい戦績だが、素人からは想像もつかない強さである。ラオウの言葉は相応しい。
世代的にラオウを意識してたかもしれないね。
冗談ぽくそのセリフを言う人も多いけど、真にその言葉に恥じない充実した相撲人生をおくれたのは凄いことだと思う。
潔い発言だけれども、
本音としては悔いはあると思う。
怪我をしてからの日々は本当に辛かったと思う、
とにかくお疲れ様でした。
本当は自身がもっとまともに相撲を取れる中での勝ち負けで引退を決めたかったろうに、
敢えて「悔いなし」と言った稀勢の里は立派だったと思う。あとは今後 稀勢の里のように横綱になってから余計な苦しみに苛まれる例を出してはならない。

ファンとして残念としか言いようがない。
稀勢の里は悔しいだろう。悔いがないなんてことはないと思う。
横綱としての最初の場所であんな大けがをするなんて誰が想像しただろうか。
あの場所で横綱として意地の優勝を果たしたことは、横綱になった一番意味のあるものになった。
横綱になって これからという時に怪我をしてしまい 横綱という責任 重圧なとが いろいろあり なんとか責任を果たそうと必死で頑張っていたと思いますが よく頑張っていたと思います。これからは 未来の横綱を育てあげれるよう 親方として頑張ってもらいたいです。
ホントにお疲れ様でした。
ラオウは自分には強敵(とも)と呼べる存在は実弟トキしかいないと言っていたけど、稀勢の里は多くの強敵と戦い切磋琢磨してきた部分は違う。稀勢の里は多くの事を学んできただろう。ラオウは強すぎるゆえに孤独だった。稀勢の里は土俵での経験を生かせる。
こういう終わり方もまた稀勢の里らしい。彼には横綱の給料にしがみつく気持ちはないだろう。そういう噂がたち晩節を汚すことも考えただろう。ただ彼は、怪我をしてでも出たい、横綱として復活をして責任を果たしたい、それだけでここまできた。その気持ちこそ日本人横綱の誇りではないだろうか
まだ続けて頑張って欲しいとも思うが、同時に潔い引き際だとも思う。
こういう話に唯一解なんか無いが、稀勢の里のこの引退は、間違いなく正解の一つではあると思う。
今はお疲れさまと言いたいです。やり尽くしたんでしょう。ケガとかで大変だったと思いますが、後進の指導の役割もありますから、このつらい経験が弟子たちが同じような事になった時に役に立つと思います



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